契約書翻訳に携わっていると、英文契約書には、例えば、「any and all」とか「assign and transfer」とか、1文の中に同義語の併記が併記されることが良く見受けられます。時として契約書以外にもこの傾向がみられますが、これには、様々な理由があります。その中の1つとして、今回は、このあたりについて、英語の成り立ちの1つの側面から見てみたいと思います。
Norman Conquest(ノルマン征服)による影響
1066年にノルマン人が初めてイングランドを征服し、ウィリアムI世(征服王)となったことです-1066年、フランスのノルマンジーから来た、ノルマンジー公が、征服王、ウィリアム1世としてイギリスの王になって以来、上流階級の言葉はフランス語になり、多くのフランス語が英語に流入することになり、フランス語が上流階級の言葉として定着していきました。
元々、ゲルマン語を起源とする英語ですが、先進的文化の言葉として多くのフランス語(そのオリジンのラテン語等も共に)が、英語に流入したのです。フランス語が流入したことで、英語の単語はフランス語の単語より多くなってしまいました。英語と流入した言語(フランス語)がまじりあい、その結果として、同義語が多くなり、スペリングと発音の不一致が英語に多々見られるようになりました。
そのため、誰が見てもその意味が分かるように、起源の異なる同義語が併記されるようになりました。契約書では、特に、その傾向が多々見られます。契約書では、見ていなかった、意味が分からなかったなどと言えないように、金太郎飴のように、どこを切っても同じ意味の言葉が羅列されています。
なを、上記はノルマン征服による言語としての英語に対する影響の観点からです。一方、別の側面から見れば、英米法(英国法と米国法を英国法と英米法として一括して論ずることはできませんが)は、法の継受の点で歴史的にローマ法の影響を受けているため、英米法に関する文書には、ラテン語が使われることがある他、上記の理由でフランス語なども使われます。ノルマン征服はその後の英国の法制度に影響を及ぼし、それは現在にまで至っていま。ちなみにラテン語は,ノルマン人とともに到来し、12世紀ころまで法律用語として用いられ、フランス語は、13世紀末から15世紀末にかけて制定法に用いられています。なを、ラテン語は、1731年、フランス語は、1362年から制定法に関してそれぞれ英語に代えられたようです。このあたりは、興味があれば専門書等をご覧ください。個人的にはかなり面白味のある分野です。
今回は、その同義語の併記を英文契約書で使用された表現、作成した例文を通して見てみます。
1. all and every「すべての」「いっさいの」
同様な例で、any and allがあります。これも同様に、英文契約書では、「すべての」「いっさいの」という意味で使用されます。
A liquidator may perform any and all acts in order to perform his/her duties listed in the preceding paragraph. (清算人は、前項に掲げる職務を行うために必要な一切の行為をすることができる。)
Anyもallもすべてのあらゆるものを含むという意味で使用するのですが、おそらく、すべてを含むという点を念のため強調したいという思いから,同種の意味をもつ単語を同時に使うということなのだと思います。
anyの単体では、「どれでも…、だれでも…、無限の、いくらでも、いくつでも、すべての」という意味で、allの単体でも「全部の、全…、あらゆる、すべての、みな」となり、実際には、any and allで使用しても、any単独、all単独で使用しても、その意味は変わりません。
Each and everyもその例で、どちらか一方だけを使用しても、同じ意味を表します。
each and every employee needs to understand corporate ethics and to practice them. (従業員一人ひとりが企業倫理を理解し、それらを実践する必要があります。)
2. alter、amend、modify、 change:
これらの意味はいずれも「変更する」ですが、翻訳する場合、全部まとめて「変更する」と訳すのではなく、それなりに対応する訳文を抽出します。
例えば、You agree that we may alter, amend, modify or change in any other way these Terms and Conditions at any time at our sole discretion.(お客様は、当社が独自の裁量でいつでも本利用規約を変更、修正、改変、またはその他の方法で変えることができることに同意するものとします。)
3. assign、transfer「譲渡する」「移転する」
The parties hereto party shall not assign, transfer, charge or otherwise deal with all or any of its rights and/or obligations under this Agreement. (本契約の当事者は、本契約に基づく権利および/または義務のすべてまたは一部を譲渡、移転、請求、またはその他の方法で処理することはできない。)
4. costs and expenses「費用」
Purchaser shall pay all reasonable costs and expenses, including reasonable attorneys’ fees, incurred by the Purchaser in connection with entering into this Agreement. (購入者は、本契約の締結に関連して購入者が負担した、合理的な弁護士費用を含む、すべての合理的な費用および経費を支払うものとします。)
英文契約書に見られる同義語の併記の幾つかの例を作成した例文を通して見てみました。
英文契約書では、例示した言葉以外にも多くの同義語の併記をみることができます。今回は、ここまでとします。なを、例文は契約書翻訳の観点から当方にて作成したものですが、内容を参考にされる場合は、辞書・専門書をご確認の上、ご自身の責任でお願いします。
参考図書:
The New Oxford Dictionary of English (Oxford University Press)
Merriam-Webster (Webster)
イギリス法の基礎(文久書林)他