契約書・法律文書に限らず、一般的な文章でも「被~」という表現が使われています。何気なく使っていますが、なじみがない言葉だと、「被~」という表現を目にしたとき、「はて、この意味は・・・?」と一瞬考えてしまう経験があります。「被」という言葉の意味を国語辞典で調べてみると、色々な意味があります。今回とりあげるのは、「被」の意味のなかでも、「他人から、行為や恩恵などを受ける」、「行為を表す漢語に付いて、他から…される、他からその行為をこうむる」の意味の部分です。例えば、「被害」をいう言葉があります。意味としては、「損害や危害をこうむること」、「受けた損害や危害」とあります。当然ですが、被害を受けた人は、「被害者」です。
日本語だと「他から…される、他からその行為をこうむる」人や対象を表す場合、単純に「被」に後に行為の対象となる事柄をくわえるだけですが(「被~」を使わない場合、使う必要がない場合も多くあります。なを、契約書・法律文書では「被~」の表現が多くみられます)。英語の場合はどうでしょうか。契約書翻訳の観点から見てみます。
1. 単純に「被~」と英訳できない
契約書翻訳も含めて「被~」を日本語から英語にする場合に「被+~」とするわけにはいきません。
英語は、日本語の様に、ひとつひとつの文字が意味を表す表意文字でないため、文字自体にidea(意図、考え方)がありません。そのため、日本語の「被」にあたる英単語を付けて、「~を受ける、~される、~こうむる」の意味を持たせることはできません。
英語では、日本語のさまざまな「被+~」の言葉のそれぞれ対応する英単語・句があります。例えば、動詞の場合、過去分詞のみ、過去分詞+人またはもの、あるいは、ある言葉の後ろに「ee」を付けて、「被…」とする場合もあります。
上記の例には、下記に表にあるように被保険者(insured、assured)、被害者(injured parson)、被許諾者(grantee、licensee)等があります。
以下に、「被+~」に対応する英単語の幾つかとそれらに対比する英単語を記載しました(以下に記載した単語以外のものも多くあります)。
被裏書人 | indorsee、endorsee | 裏書人 | endorser |
被開示者 | discloser; receiving party; receiving person他 | 開示者 | disclose; disclosing party; disclosing person他 |
被害者 | Injured; injured parson;、sufferer;
victim他 |
加害者 | party at fault;、wrongdoer; assaulter; murderer 他 |
被許諾者 | Grantee; licensee | 許諾者 | grantor |
被後見 | wardship | 後見 | |
被後見人 | ward | 後見人 | guardian |
被上訴人 | respondent、appellee | 上訴人 | appellant |
被相続人 | *decedent | 相続人 | heir |
被保険者 | Insured,
Insured person、assured |
保険者 | insurer |
被保証人 | guarantee | 保証人 | guarantor |
被用者 | employee | 雇用者 | employer |
被選択権者 | optionor | 選択権者 | optionoee |
*「被」が付いても、「被相続人」は、「相続人が相続によって承継する財産や権利義務のもとの所有者(「財産を残して亡くなった人」)」で、「相続人(heir)」は、「被相続人の財産上の地位を承継する人(被相続人の財産を相続する人)」The child of a decedent shall be an heir.「被相続人の子は、相続人となる。」(民法)
これらの他にも「被+~」に対応する英単語は、例えば、被害者:Injured; injured parson;
victim. 被害届: incident report. 被告: defendant. 被収容者: inmat. 被担保債権:
claim secured.など様々のもがあります。
2. 「被~」の言葉の意味を把握した上で、適切な英単語やフレーズを作成する
上記のように、「被~」の言葉の多くは、辞書等に記載がありますが、そうでない場合も多く、また定訳がない場合もあります。その場合、その「被~」の言葉の意味を把握した上で、適切な英単語やフレーズを作成する必要があります。
以下に上記の例を使った例文を作成してみました。
The act or omission of one insured will not invalidate the policy as to the other insured.
(いずれかの被保険者の作為または不作為によって他の被保険者に対する証券の効力が失われない。)
A copy of the insured amounts and the receipt of payment shall be provided each year.
(保険総額と領収書のコピーは、毎年、提供されるものとする。)
Premiums are determined in accordance with an insured person’s salary.(保険料は、被保険者の給与に応じて決定されます。)
In the Agreement, it shall clarify where responsibility lies before deciding the final repair cost to be paid to the insured.(契約では、被保険者に支払う最終的な修理費用を決定する前に、責任がどこにあるかを明確にするものとします。)
3. 英文契約書でよく目にする「被~」の意味を持つ言葉
被+~」という表現ではありませんが、これに類するものとして。例えば、上記の「「被+~」に対応する英単語の幾つか」の例として「disclosee(被開示者)」、「discloser(開示者)」をあげています。下記に作成した例文にあるように、いずれも「情報のdisclose(開示する)、disclosure (開示・公開)に関連した用語です。「被+~」という表現ではありませんが、情報を開示する側-開示者、情報を受け取る側-受領者などとして、それぞれ「Disclosing Party」、「Receiving Party;Recipient」などが使用されています。
Receiving Party shall undertake not to use or disclose to the Disclosing Party’s Confidential Information without a written approval of the Disclosing Party and shall only use such Confidential Information for the purposes of this Agreement.(開示当事者は、受領当事者の書面による承認なしに受領当事者の機密情報を使用または開示しないことを約束し、本契約の目的のためにのみに当該機密情報を使用する)
Recipient shall maintain in confidence all information obtained in the course of business and shall not publish or otherwise disclose such information to third party provided, however, that…………….(受領者は、事業の過程で得られたすべての情報を秘密として保持し、当該情報を第三者に公表または開示してはならない。ただし、…………..)
こられの言葉は、「情報をdisclose:開示する」、「情報の、disclosure (開示・公開)」と関連して情報の機密保持に関係する記述等に頻繁に登場します。
例文は契約書翻訳の観点から当方にて作成したものですが、内容を参考にされる場合は、辞書・専門書をご確認の上、ご自身の責任でお願いします。
参考図書
大辞泉(小学館)
法律英単語(自由国民社)
ランダムハウス英和大辞典
ビジネス法律英語辞典(日経文庫)
日本法令英訳プロジェクト